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東京高等裁判所 平成6年(ラ)335号 決定 1994年8月19日

抗告人

A

右代理人弁護士

神谷咸吉郎

明日山勝子

相手方

B

右代理人弁護士

二宮征治

重松彰一

相手方

C

D

E

F

G

被相続人

I

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原審判のうち主文第2項にかかる部分を取消し、本件を東京家庭裁判所に差し戻す。」との裁判を求めるものであり、抗告の理由の要旨は、「(1) 平成元年二月二四日、相手方Bは、兄弟四人が墓の承継者をHにすることを承知するなら、承継者はHでよいとの意思を表明し、H、抗告人、相手方C、同Dも、相手方Bの死亡の際には、多摩墓地に埋葬することを条件にHを承継者にすることを承諾し、相続人全員の間に、祭祀の承継者をHとするとの合意が成立した。(2) 右合意の成立が認められないとしても、相手方Bは、一旦Hを承継者にすることを表明しながら、遺産分割協議書や相続税申告書にHと抗告人の署名押印を得た後、その態度を翻し、Hや抗告人を騙したものであり、このような相手方Bを承継者とすることは不当である。(3) Hは、独立して家庭を営んでいたとはいえ、わざわざ器具を携えて被相続人のもとに赴き同人の歯の治療をするなどして被相続人と親密な関係を保っていたし、抗告人においては、被相続人の近くに居住し、家族ともども日常生活において行き来も頻繁で、子供のなかで最も被相続人と親密であったこと、また、被相続人は、遺言においてHと抗告人とを遺言執行者に指定し、Hと抗告人が甲野家を取り仕切って欲しいとの意思を明確に表明していたのに対し、相手方Bは、一旦Hを承継者にすることに同意しながら、これを翻したり、抗告人が相手方Cから土地を騙し取ったなどと抗告人に濡れ衣を着せたりして次々と嘘をついてきているほか、山の辺霊園の墓地を廃止ないしは無縁仏にしようとしたり、平成四年六月に死亡したHや抗告人の実母の位牌を抗告人らに相談もなく塗りつぶそうとしたりしており、Hや抗告人の心情を思いやる心や位牌に対する畏敬の念に欠けているうえ、Hの埋葬を力づくで阻止しようしたり、墓誌にHの銘を刻むことを拒否しており、相手方Bには、被相続人の意思を尊重して多摩霊園の墓地の管理運営をしていく意思は全くないのであり、相手方Bはその人格からして祭祀用財産の承継者としてふさわしくない。」というものである。

二  当裁判所も、東京都多摩霊園の墓地(一種五区一二側三番)の使用権と墓石等、相手方B宅内にある仏壇、仏具、深誉誠心禅定文、深誉姉心禅定文、求道院清誉雄心居士、梅蘂院芳誉雄魂居士の四名と甲野家先祖代々とを列記した位牌、梅岸院芳雪妙薫大姉、容顔智芳善童女、心鏡無善童子の三名列記の位牌の承継者を相手方Bと定めるべきものと判断するが、その理由は、原審判六枚目表一行目の「墓に関する協議書」の次に「(甲第六号証)」を加え、次の三を付加するほかは、原審判「第2 当裁判所の判断」(原審判五枚目裏二行目から一一枚目裏末行及び同一二枚目表末行から一四枚目表終わりより三行目まで)と同一であるから、これを引用する。

三  抗告理由について

1  抗告理由(1)について

甲第五号証が、抗告人、H、相手方C、同Dの署名押印がなされるに至らなかったことに照らすと、相続人全員の間に、抗告人主張のような合意が成立したものとは認めることができず、相手方Bの審問の結果も右合意の成立を証するに足りないものであるから、抗告人の右主張は採用することができない。

2  抗告理由(2)について

相手方Bの審問の結果によると、相手方Bは、Hを祭祀用財産の承継者にする旨の意向を一旦表明し、その後右意向を撤回したが、これは被相続人の遺産分割にあたっての抗告人の態度から、抗告人に対して不信感を募らせ、抗告人に柔順なHを祭祀用財産の承継人とすることは適当ではないとの考えから、態度を変えたものであることが認められ、相手方Bがこのように態度を変えたことをもって、同相手方を祭祀用財産の承継者として相応しくない事由とすることはできないから、抗告人の右主張も採用することができない。

3  抗告理由(3)について

相手方Bは、結婚以来四〇年以上にわたり、被相続人と生活をともにして同人を支えてきたものであること、同人は相手方Bの所有名義とした東京都練馬区東大泉の土地に同相手方と二七年間にわたり居住し、また、仏壇、仏具、位碑は昭和四八年に新築した同相手方の所有名義の被相続人の自宅に置かれていること、先妻の子である相手方Cも、相手方Bが祭祀承継者となることを望んでいること、同相手方は被相続人も葬儀の喪主を務めるとともに、四十九日の法要も相手方Bが主宰したこと等の前記認定の同相手方と被相続人との関係、同相手方の祭祀主宰の意思や能力あるいは関係者の意向等の諸事情に照らすと、相手方Bが、相続人の中では被相続人と共同生活を最も親密に送った者として祭祀用財産の承継者に相応しいと考えるのが相当であり、抗告人が相手方Bをして祭祀用財産の承継者とすることが相当でないと主張する事情は、いずれもこれを首肯することができないから、抗告人の右主張も採用することができない。

四  以上のとおり、原審判は相当であり、本件抗告は理由がないから、これを棄却すべきである。

(裁判長裁判官 柴田保幸 裁判官 伊藤紘基 裁判官 滝澤孝臣)

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